現実界を精一杯生きる
さて、また長い間、ブログをお休みしました。
実はこの間、いろいろなことがあり、いろいろ思うところがありました。心の整理ができずに書けないでいました。
身近なところで経験した、新しい命の誕生と、死と・・・。
伊勢神宮(伊雑宮、外宮、内宮)へのお参りで感じたこと・・・。
そして、一番、大きな変化は、「伊勢白山道」(ぜひ膨大なブログをぜひ読んでください。世界観が変わります。本も出版されています。)の世界と知り合って、自分の先祖に感謝の供養を始めたことです。
それによって、自分を守ってくれている存在が誰か、神は何を望んでいるか、今私はなぜこの現実界にいるのかが、目から鱗が落ちるように分かりました。
ここ4年ほど、自分の生きている意味を知りたくて、ぐっと精神世界に惹かれ、傾いていました。このブログも最初の構想からだいぶずれて行きました(笑)。
今読み返しても、この間、様々な方と出会い、話を聞き、不思議な現象も体験したことを思い出します。ここには、書き切れていないこともたくさんありました。ちょっと新しい情報に埋もれてしまいそうな感じもあったな。。。
宇宙の真実に迫る研究をされている方、現実界以外の存在と繋がることができる人は魅力的ですし、自分も近づきたいと、いろいろ学んだり、修行のまねごと(???)をしてみたりもしました。
それはそれでたのしいことでしたが、だんだん現実の自分の仕事から気持ちが離れるのを感じ、これでいいのかしら・・・と思ったところで、「伊勢白山道」と出会いました。
その世界観に繰り返し触れているうちに、突然、「もういい」という気持ちが自然に穏やかに沸き上がってきました。
私は、今、この現実の世界に生きているだから、生があるうちは、この現実を精一杯生きて、この世で遭遇することを苦しく感じることも含めすべて精一杯楽しみ、この現実界で精一杯魂の修行をするのが役割なんだ。。。と。
いずれ魂が肉体を離れれば、今は触れられない「あの世」に帰り、「ああ~もともと私はここにいたんだ、ここから現実界に修行に行きたくて、自分で選んだ人生を生きたんだ」ということを思い出すのですから。。。
私に特に上の存在からの直接的なコンタクトが起きないのは、「あなたは現実をしっかり生きることが修行なのよ」ということなんだと。。。
そう納得すると、それを関知したかのように、現実界の友人から、次々に連絡がありました。ほんとうにシンクロニティです。自分の現実は自分でつくっているのですね。
ということで、このブログは、ここで無期限お休みにしたいと思います。そして、新たに、来年は、本来の趣旨にそったブログを始めたいと思います。
私の現実の中で、本当の情報、人の心を穏やかにし、人と人とが分かり合うのに役立つ話を発信していきたいと思います。その時はまた、ご案内させて頂きますのでよろしくお願いします。
数少ない読者の方へ、
これまでお付き合い頂きましたことに心からの感謝を。。。
実はこの間、いろいろなことがあり、いろいろ思うところがありました。心の整理ができずに書けないでいました。
身近なところで経験した、新しい命の誕生と、死と・・・。
伊勢神宮(伊雑宮、外宮、内宮)へのお参りで感じたこと・・・。
そして、一番、大きな変化は、「伊勢白山道」(ぜひ膨大なブログをぜひ読んでください。世界観が変わります。本も出版されています。)の世界と知り合って、自分の先祖に感謝の供養を始めたことです。
それによって、自分を守ってくれている存在が誰か、神は何を望んでいるか、今私はなぜこの現実界にいるのかが、目から鱗が落ちるように分かりました。
ここ4年ほど、自分の生きている意味を知りたくて、ぐっと精神世界に惹かれ、傾いていました。このブログも最初の構想からだいぶずれて行きました(笑)。
今読み返しても、この間、様々な方と出会い、話を聞き、不思議な現象も体験したことを思い出します。ここには、書き切れていないこともたくさんありました。ちょっと新しい情報に埋もれてしまいそうな感じもあったな。。。
宇宙の真実に迫る研究をされている方、現実界以外の存在と繋がることができる人は魅力的ですし、自分も近づきたいと、いろいろ学んだり、修行のまねごと(???)をしてみたりもしました。
それはそれでたのしいことでしたが、だんだん現実の自分の仕事から気持ちが離れるのを感じ、これでいいのかしら・・・と思ったところで、「伊勢白山道」と出会いました。
その世界観に繰り返し触れているうちに、突然、「もういい」という気持ちが自然に穏やかに沸き上がってきました。
私は、今、この現実の世界に生きているだから、生があるうちは、この現実を精一杯生きて、この世で遭遇することを苦しく感じることも含めすべて精一杯楽しみ、この現実界で精一杯魂の修行をするのが役割なんだ。。。と。
いずれ魂が肉体を離れれば、今は触れられない「あの世」に帰り、「ああ~もともと私はここにいたんだ、ここから現実界に修行に行きたくて、自分で選んだ人生を生きたんだ」ということを思い出すのですから。。。
私に特に上の存在からの直接的なコンタクトが起きないのは、「あなたは現実をしっかり生きることが修行なのよ」ということなんだと。。。
そう納得すると、それを関知したかのように、現実界の友人から、次々に連絡がありました。ほんとうにシンクロニティです。自分の現実は自分でつくっているのですね。
ということで、このブログは、ここで無期限お休みにしたいと思います。そして、新たに、来年は、本来の趣旨にそったブログを始めたいと思います。
私の現実の中で、本当の情報、人の心を穏やかにし、人と人とが分かり合うのに役立つ話を発信していきたいと思います。その時はまた、ご案内させて頂きますのでよろしくお願いします。
数少ない読者の方へ、
これまでお付き合い頂きましたことに心からの感謝を。。。
越谷レイクタウンを風水で見ると
「風水」というと占いや運命学、家相などと混同されがちですが、実は、理にかなった環境学なのです。と、最近、目から鱗で知ったのですが(笑)。
ちまたに溢れる「風水占い」や「風水グッズ」や「風水先生」とは別次元で、実は、今でも都市計画や建築にきちんと生かされているんですね。
都市と風水環境の創造というテーマに取り組んでいる吉村徳則さんのセミナーと実地検証に行ってきました。吉村さんは、広島で商業施設の開発等のコンサルタント会社の社長さんですが、10年ほど前から風水に興味を持ち、上海易経学会の副会長白鶴易人先生の直弟子として学んだ方です。
もちろん本格的風水を教えてもすごい方ですが、ただ難しい理論を学ぶだけの風水講座は、あまり気が進まないようで(先生曰く、オタク風水)、実際にどう生かすのかという視点を教えたいという方です。
先日、船井幸雄さんが、横浜に3000人は集まった会合で、「私は、実は、社長に会った瞬間、会社に入った瞬間に、その問題点や、改善方法は全部分かってしまうんです。でも、それでは、お金を払って貰えないから(笑)、もっともらしい理窟を後からつけてる。
天才的な人というのは実はみんなそうなんだと思いますよ。言わないだけで(笑)」と話をされました。
その時は、経済評論家の朝倉慶さんと、将棋の羽生名人がゲストでしたが、「この二人もそうなんですよ。朝倉さん、あなた、理窟の前に、経済がどうなるか見えてしまうでしょう。」と水を向けると、朝倉さんも、「実は、そういう感じはします。まず、こうだと思って、それを検証するとやっぱりと。」
吉村先生も、風水でいろいろ調べる前から、実は直感というか、霊感で、きっと分かってしまっているんじゃないかという感じがします。すぐれた風水師は、やはりそういった霊感が備わっていることが多いようです。
まだ風水理論もマスターできてないのに、吉村先生に声を掛けて頂いて実地で教えて頂く機会があるということは、私にとって大きな縁があることかも知れません。まだ、具体的にはそれが何なのか分かりませんが。。。
今回の風水の検証場所は「越谷レイクタウン」でした。
先生曰く「イオンは風水を取り入れていて、イオングループの商業施設は風水に基づいて造られているんですよ。それを検証してみましょう。」
もちろん、そんなことを表だって誰も言っていませんし、どこかに書いてある訳でもありませんが。。
「越谷レイクタウン」は、武蔵野線に新駅ができてしまったくらいの大きな商業施設を核にした街です。「レイクタウン」というくらいですから、この地のポイントはかなり大きい調整池です。
このくらい大きく複雑な商業施設で、まず、風水的な正面をどこと考えるのか・・・これはけっこう難しいんです。人の導線で考えると分からなくなりますが、建物全体の図面や敷地を回ると、よく分かります。
先生の推察通り、建物の風水上の正面は池を向いていました。風水のいう「前面に水」です。
で、大きい方の施設の真正面には、床面から、直接水か吹き出す大きな噴水がどーんと中央に配されていました。普通はしない設計です。これは、「財運の水」です。商業施設ですから、「財運」を一番に考えている訳です。
建物の全面には、小川を模した緩やかなカーブの水路が流れていました。正面に「流れる川」です。
先生は、たぶん建物の背後には「山」があるでしょうと行って、大きな建物の裏の駐車場に回りました。「背面に山」は、風水のセオリーですが、もちろん、背後に自然の山などないところです。しかし、あったのです!
駐車場の端、敷地の境界に、人口の山がつくられていたんです。そこ山には、お客さんが自分の手で樹木の苗を植えるようになっていました。
ほんとうに風水施設だ!とこの辺からだいぶたのしくなってきました。
お茶を飲みながら、羅版に基づいて、図面上に作図をすると、建物上の吉凶の場所が分かります。なるほどという配置ですが、イオングループの本体である「ジャスコ」があまりいい方位にありません。「う~ん、これにはどんな仕掛けをしているかな」と先生。
図面をよく見ると、「ジャスコ」の入り口の前には、「水の広場」が作られています。「あっこれだ!」
ジャスコは、建物本体とは別に、入り口に「水」を持ってくることで、ここから新たな空間を構成するように風水処理をおこなったのです。
そして、「水の広場」に行ってみました。この人通りの多いところのどうやって「水」を置くのか。。。と思っていくと、それは、みごとな造りでした。吹き抜けになった広場を取り囲むように、2階部分に、水の流れを表現した黒いアルミ板の曲線がぐるっと回っています。まるで、広場の中は、大きな池の中のように思える造りです。「黒」は「水」を表す色です。
そして、その一角には、フローフォームという「8の字」を描いて水が流れるような容器が、上から下へ、段々に水を導くように配されています。そして、その下には「ビオトープ」が作られています。流れる水、エネルギーに満ちた水のオブジェです。癒しの空間です。
風水で考えられているこの広場は、本当に人がとぎれることはありませんでした。
このように、実は風水を考えて建てられているビルや商業施設はたくさんあるんです。
環境学としての風水、なかなかおもしろいです(笑)
ちまたに溢れる「風水占い」や「風水グッズ」や「風水先生」とは別次元で、実は、今でも都市計画や建築にきちんと生かされているんですね。
都市と風水環境の創造というテーマに取り組んでいる吉村徳則さんのセミナーと実地検証に行ってきました。吉村さんは、広島で商業施設の開発等のコンサルタント会社の社長さんですが、10年ほど前から風水に興味を持ち、上海易経学会の副会長白鶴易人先生の直弟子として学んだ方です。
もちろん本格的風水を教えてもすごい方ですが、ただ難しい理論を学ぶだけの風水講座は、あまり気が進まないようで(先生曰く、オタク風水)、実際にどう生かすのかという視点を教えたいという方です。
先日、船井幸雄さんが、横浜に3000人は集まった会合で、「私は、実は、社長に会った瞬間、会社に入った瞬間に、その問題点や、改善方法は全部分かってしまうんです。でも、それでは、お金を払って貰えないから(笑)、もっともらしい理窟を後からつけてる。
天才的な人というのは実はみんなそうなんだと思いますよ。言わないだけで(笑)」と話をされました。
その時は、経済評論家の朝倉慶さんと、将棋の羽生名人がゲストでしたが、「この二人もそうなんですよ。朝倉さん、あなた、理窟の前に、経済がどうなるか見えてしまうでしょう。」と水を向けると、朝倉さんも、「実は、そういう感じはします。まず、こうだと思って、それを検証するとやっぱりと。」
吉村先生も、風水でいろいろ調べる前から、実は直感というか、霊感で、きっと分かってしまっているんじゃないかという感じがします。すぐれた風水師は、やはりそういった霊感が備わっていることが多いようです。
まだ風水理論もマスターできてないのに、吉村先生に声を掛けて頂いて実地で教えて頂く機会があるということは、私にとって大きな縁があることかも知れません。まだ、具体的にはそれが何なのか分かりませんが。。。
今回の風水の検証場所は「越谷レイクタウン」でした。
先生曰く「イオンは風水を取り入れていて、イオングループの商業施設は風水に基づいて造られているんですよ。それを検証してみましょう。」
もちろん、そんなことを表だって誰も言っていませんし、どこかに書いてある訳でもありませんが。。
「越谷レイクタウン」は、武蔵野線に新駅ができてしまったくらいの大きな商業施設を核にした街です。「レイクタウン」というくらいですから、この地のポイントはかなり大きい調整池です。
このくらい大きく複雑な商業施設で、まず、風水的な正面をどこと考えるのか・・・これはけっこう難しいんです。人の導線で考えると分からなくなりますが、建物全体の図面や敷地を回ると、よく分かります。
先生の推察通り、建物の風水上の正面は池を向いていました。風水のいう「前面に水」です。
で、大きい方の施設の真正面には、床面から、直接水か吹き出す大きな噴水がどーんと中央に配されていました。普通はしない設計です。これは、「財運の水」です。商業施設ですから、「財運」を一番に考えている訳です。
建物の全面には、小川を模した緩やかなカーブの水路が流れていました。正面に「流れる川」です。
先生は、たぶん建物の背後には「山」があるでしょうと行って、大きな建物の裏の駐車場に回りました。「背面に山」は、風水のセオリーですが、もちろん、背後に自然の山などないところです。しかし、あったのです!
駐車場の端、敷地の境界に、人口の山がつくられていたんです。そこ山には、お客さんが自分の手で樹木の苗を植えるようになっていました。
ほんとうに風水施設だ!とこの辺からだいぶたのしくなってきました。
お茶を飲みながら、羅版に基づいて、図面上に作図をすると、建物上の吉凶の場所が分かります。なるほどという配置ですが、イオングループの本体である「ジャスコ」があまりいい方位にありません。「う~ん、これにはどんな仕掛けをしているかな」と先生。
図面をよく見ると、「ジャスコ」の入り口の前には、「水の広場」が作られています。「あっこれだ!」
ジャスコは、建物本体とは別に、入り口に「水」を持ってくることで、ここから新たな空間を構成するように風水処理をおこなったのです。
そして、「水の広場」に行ってみました。この人通りの多いところのどうやって「水」を置くのか。。。と思っていくと、それは、みごとな造りでした。吹き抜けになった広場を取り囲むように、2階部分に、水の流れを表現した黒いアルミ板の曲線がぐるっと回っています。まるで、広場の中は、大きな池の中のように思える造りです。「黒」は「水」を表す色です。
そして、その一角には、フローフォームという「8の字」を描いて水が流れるような容器が、上から下へ、段々に水を導くように配されています。そして、その下には「ビオトープ」が作られています。流れる水、エネルギーに満ちた水のオブジェです。癒しの空間です。
風水で考えられているこの広場は、本当に人がとぎれることはありませんでした。
このように、実は風水を考えて建てられているビルや商業施設はたくさんあるんです。
環境学としての風水、なかなかおもしろいです(笑)
日光での贅沢な時間
久しぶりに日光に行ってきました。
観光地としての日光ではなく、聖地としての日光に。心構えの問題です(笑)
九州や京都や奈良、遠くには出かけていくのに、東京から近距離にある日光に行っていないなと気になっていたら、さっそくお誘いがありました!シンクロニティですね。
急な計画、しかもシルバーウィークの真ん中で、日光金谷ホテルの関係者の方がお部屋を確保してくれました。こういう御縁があるときは日光に行きなさいというメッセージなのでしょう。
しかも、日光の知人が、ステキな家を購入したばかりということで案内して頂きました。定年退職後の住まいということで、しばらくは別宅となります。とにかくこの家が気に入って購入されたようです。
別荘地の一番奥にある丸太づくりの家は、外部は少し手を入れる必要がありますが、中は本当にきれいで、まるで新築時のような木の香りに溢れています。壁や床はもちろん、建具も家具もすべて自然の素材で、何とも落ち着く住まいです。
裏山は、大きな岩と木々の緑とが絶妙にマッチしたみごとな眺めです。鹿も遊びにくるようです。空気が違う、波動が違うと感じました。
2階の三方の窓からはさわやかな風と、紅葉に向かう秋の優しい緑と、木々のざわめきと鳥の声が聞こえるばかり…。車の音も、生活音も何も聞こえません。何だかおしゃべりするのももったいないような時間でした。
金谷ホテルの歴史を感じさせるたたずまいや、周りの自然、行き届いたサービスも、また最高のくつろぎの時間でした。
ディナーの後に、地元で活動されている方々が集まってくれ、バーでカクテルを飲んだのも楽しかったです。東京と日光を行き来している日光ファンも多いのですね。
地方にある自然と共存する文化や芸術、ゆったりした時間の流れや、人と人のつながり・・・これからは、地方が元気になっていくはずだと、実感しました。
そして、天気に恵まれた夜は、満天の星を見ることができました。天の川を肉眼で見たのは久しぶりのことです。
朝食もステキでした。最近、ホテルの朝食はバイキングスタイルがほんとうに多くなってしまったので、金谷ホテルのきちんとサービスが行き届いた朝食はとても豊かな時間でした。サービスって、何を食べるだけじゃなくて、どのように食べるかですよね。
昼食も、緑に囲まれ誰もいないホテルの庭でワインを頂きました。東照宮の周りの混み合う食堂で観光にメニューの食事では何だかつまらないですものね。
ヨーロッパの視察旅行の直後なので、余計に、自由にゆったり時間を過ごすことの贅沢を感じました。あっ当然ですよね。あちらは仕事、こちらは休暇ですからね(笑)。
こう書くと、シルバーウィークなのに日光は静かだったようですが、とんでもありません(笑)。
ホテルの坂を下ると、もうそこには、車と人が溢れています。世界遺産に指定された、日光東照宮を中心とする二社一寺(日光東照宮、二荒山神社、輪王寺)は、人、人、人でした。
いろは坂や中禅寺湖もとてもたどり着けないからやめるようにとのアドバイスもあり、徒歩圏内で過ごしました。
不思議だったのは、本宮(ほんぐう)神社です。ここは、767年に勝道(しょうどう)上人が、この地に始めて二荒山の神を祀った神社です。二社よりずっと歴史の古い神社です。社殿は需要文化財ですし、勝道上人が、日光の地に渡るときに助けられた神事に基づく神橋(しんきょう)の袂にまさに神社への階段の入り口があります。
それなのに、溢れている人がだれもこの神社に足を向けないのです。私たちが階段を上がりお参りをする間、まさに神様と私たちだけの空間と時間でした。本当に不思議です。
杉の高木に囲まれた石段も社殿も神気に満ちた空間でした。こんな贅沢な時間を過ごしていいのかしらというような時間を過ごしました。石段の下の鳥居、拝殿前の鳥居と2カ所の結界があり、まず拝殿があり、奥に神殿、そして三重の塔という配置も、本当に神社らしい神社でした。
その後、人の波にもまれながら観光した日光東照宮とはまったく違う神気でした。日光東照宮は身分によって拝殿がちがうとの説明がありましたが、それだけで、ここにはどんな神様がいるのかしら…と思ってしまいました。
それにしても、本宮神社での切り取られたような澄んだ時間は何だったのでしょう。神様が、その時間だけ私たちのために用意して下さった・・・そんな風に思え、ありがたい思いでいっぱいです。
人、人、人の観光地で、なぜか厳選されたゆったりした時間を、様々に楽しめた日光の旅でした。
観光地としての日光ではなく、聖地としての日光に。心構えの問題です(笑)
九州や京都や奈良、遠くには出かけていくのに、東京から近距離にある日光に行っていないなと気になっていたら、さっそくお誘いがありました!シンクロニティですね。
急な計画、しかもシルバーウィークの真ん中で、日光金谷ホテルの関係者の方がお部屋を確保してくれました。こういう御縁があるときは日光に行きなさいというメッセージなのでしょう。
しかも、日光の知人が、ステキな家を購入したばかりということで案内して頂きました。定年退職後の住まいということで、しばらくは別宅となります。とにかくこの家が気に入って購入されたようです。
別荘地の一番奥にある丸太づくりの家は、外部は少し手を入れる必要がありますが、中は本当にきれいで、まるで新築時のような木の香りに溢れています。壁や床はもちろん、建具も家具もすべて自然の素材で、何とも落ち着く住まいです。
裏山は、大きな岩と木々の緑とが絶妙にマッチしたみごとな眺めです。鹿も遊びにくるようです。空気が違う、波動が違うと感じました。
2階の三方の窓からはさわやかな風と、紅葉に向かう秋の優しい緑と、木々のざわめきと鳥の声が聞こえるばかり…。車の音も、生活音も何も聞こえません。何だかおしゃべりするのももったいないような時間でした。
金谷ホテルの歴史を感じさせるたたずまいや、周りの自然、行き届いたサービスも、また最高のくつろぎの時間でした。
ディナーの後に、地元で活動されている方々が集まってくれ、バーでカクテルを飲んだのも楽しかったです。東京と日光を行き来している日光ファンも多いのですね。
地方にある自然と共存する文化や芸術、ゆったりした時間の流れや、人と人のつながり・・・これからは、地方が元気になっていくはずだと、実感しました。
そして、天気に恵まれた夜は、満天の星を見ることができました。天の川を肉眼で見たのは久しぶりのことです。
朝食もステキでした。最近、ホテルの朝食はバイキングスタイルがほんとうに多くなってしまったので、金谷ホテルのきちんとサービスが行き届いた朝食はとても豊かな時間でした。サービスって、何を食べるだけじゃなくて、どのように食べるかですよね。
昼食も、緑に囲まれ誰もいないホテルの庭でワインを頂きました。東照宮の周りの混み合う食堂で観光にメニューの食事では何だかつまらないですものね。
ヨーロッパの視察旅行の直後なので、余計に、自由にゆったり時間を過ごすことの贅沢を感じました。あっ当然ですよね。あちらは仕事、こちらは休暇ですからね(笑)。
こう書くと、シルバーウィークなのに日光は静かだったようですが、とんでもありません(笑)。
ホテルの坂を下ると、もうそこには、車と人が溢れています。世界遺産に指定された、日光東照宮を中心とする二社一寺(日光東照宮、二荒山神社、輪王寺)は、人、人、人でした。
いろは坂や中禅寺湖もとてもたどり着けないからやめるようにとのアドバイスもあり、徒歩圏内で過ごしました。
不思議だったのは、本宮(ほんぐう)神社です。ここは、767年に勝道(しょうどう)上人が、この地に始めて二荒山の神を祀った神社です。二社よりずっと歴史の古い神社です。社殿は需要文化財ですし、勝道上人が、日光の地に渡るときに助けられた神事に基づく神橋(しんきょう)の袂にまさに神社への階段の入り口があります。
それなのに、溢れている人がだれもこの神社に足を向けないのです。私たちが階段を上がりお参りをする間、まさに神様と私たちだけの空間と時間でした。本当に不思議です。
杉の高木に囲まれた石段も社殿も神気に満ちた空間でした。こんな贅沢な時間を過ごしていいのかしらというような時間を過ごしました。石段の下の鳥居、拝殿前の鳥居と2カ所の結界があり、まず拝殿があり、奥に神殿、そして三重の塔という配置も、本当に神社らしい神社でした。
その後、人の波にもまれながら観光した日光東照宮とはまったく違う神気でした。日光東照宮は身分によって拝殿がちがうとの説明がありましたが、それだけで、ここにはどんな神様がいるのかしら…と思ってしまいました。
それにしても、本宮神社での切り取られたような澄んだ時間は何だったのでしょう。神様が、その時間だけ私たちのために用意して下さった・・・そんな風に思え、ありがたい思いでいっぱいです。
人、人、人の観光地で、なぜか厳選されたゆったりした時間を、様々に楽しめた日光の旅でした。
今をたいせつに楽しみながら修行をしよう
地球は大きく変わろうとしています。
社会も大きく変わろうとしています。
これまでの枠組みの中で未来は考えられないと確信しています(というより、知っているという感じかな。)
・・・で・・・何を目指して今日を生きるのか、今の延長線上で考えづらくて、ちょっと落ち着きません。
そんな訳で、そういうことに左右されないで、今に集中して生きられるように、生き方の原点を思い返してみました。
①今この世に生かしていただいていることを
神(グレートサムシング)にただただ感謝しよう。
②人類の始めから面々と続いた無数の祖先の遺伝子の
バトンがとぎれないで、今、自分がこの世に肉体を
持っているという奇跡に感謝しよう。
③ありのままの自分を愛し、癒そう。
④御縁があるすべての人、精霊に感謝し、
すべてを受け入れ、愛そう。
⑤自分を生かしてくれている地球、自然、
他の生物に心から感謝しよう。
⑥この世で経験することを、
よいことも悪いこともすべて楽しもう。
改めて、書いてみると、自分の状況がよく分かります。
①②は、とにかく毎日、できるだけ具体的な言葉や行為で感謝を表すことで、忘れないようにしています。
③はどうでしょう。まだ、自分のありのままでなく、こうなりたい、こうでありたいなと、好きな自分に条件をつけている時があるな・・・。
④は・・・。相手がどう接してきても、感謝の言葉を口にすることはできるようになりました。言葉と共に気持ちもついて来て、人に対しても否定的な感情を持つことがずいぶん少なくなったように思います。
まだ、ようやく入り口に立ったとこでしょうが、心掛けることで自分が変わっていけることは実感しましたから、どこまで変われるかを楽しみながら修行を続けられそうです。
⑤は、まだまだ意識できていないと感じる場面が多いです。これも修行ですね。
⑥もまだまだです。理窟では分かっているけど、心から「楽しむ」って、どういう状況なのか、すぐ慣れてしまって分からなくなります。
トラブルに合っても、普通の日常のありがたさを知るための、気づきのためのドラマだと思って楽しめるようにはなってきました。
改めて、日々楽しみながら修行ができそうです。
ときどき、文章にしてみるのはいいですね。
社会も大きく変わろうとしています。
これまでの枠組みの中で未来は考えられないと確信しています(というより、知っているという感じかな。)
・・・で・・・何を目指して今日を生きるのか、今の延長線上で考えづらくて、ちょっと落ち着きません。
そんな訳で、そういうことに左右されないで、今に集中して生きられるように、生き方の原点を思い返してみました。
①今この世に生かしていただいていることを
神(グレートサムシング)にただただ感謝しよう。
②人類の始めから面々と続いた無数の祖先の遺伝子の
バトンがとぎれないで、今、自分がこの世に肉体を
持っているという奇跡に感謝しよう。
③ありのままの自分を愛し、癒そう。
④御縁があるすべての人、精霊に感謝し、
すべてを受け入れ、愛そう。
⑤自分を生かしてくれている地球、自然、
他の生物に心から感謝しよう。
⑥この世で経験することを、
よいことも悪いこともすべて楽しもう。
改めて、書いてみると、自分の状況がよく分かります。
①②は、とにかく毎日、できるだけ具体的な言葉や行為で感謝を表すことで、忘れないようにしています。
③はどうでしょう。まだ、自分のありのままでなく、こうなりたい、こうでありたいなと、好きな自分に条件をつけている時があるな・・・。
④は・・・。相手がどう接してきても、感謝の言葉を口にすることはできるようになりました。言葉と共に気持ちもついて来て、人に対しても否定的な感情を持つことがずいぶん少なくなったように思います。
まだ、ようやく入り口に立ったとこでしょうが、心掛けることで自分が変わっていけることは実感しましたから、どこまで変われるかを楽しみながら修行を続けられそうです。
⑤は、まだまだ意識できていないと感じる場面が多いです。これも修行ですね。
⑥もまだまだです。理窟では分かっているけど、心から「楽しむ」って、どういう状況なのか、すぐ慣れてしまって分からなくなります。
トラブルに合っても、普通の日常のありがたさを知るための、気づきのためのドラマだと思って楽しめるようにはなってきました。
改めて、日々楽しみながら修行ができそうです。
ときどき、文章にしてみるのはいいですね。
鳩山政権スタート
昨日、民主党政権がスタートしました。新閣僚の深夜の記者会見に思わず見入ってしまいました。よかったです!思いが伝わってきました。
「自分の言葉で自分の思いを伝えること」の偉大さを改めてひしと感じました。
それに比べてマスコミ人のステレオタイプの質問の陳腐さが際だちました。もちろん閣僚の皆さんは丁寧に答えていましたけど(笑)。
こらから、マスコミによる鳩山総理を始めとする閣僚の過去の発言や行動を引っ張り出してのステレオタイプの批判が始まるのかと思うとちょっとウンザリです。もう、やめようよと思ってしまいます。
過去より今、そして未来が大事なのです。
人は時々の成長具合と、周りの環境からの影響によって行動します。ですから、過去を振り返ると、「あ~あれはまずかったな」ということは誰にもあるはずです。進歩するというのはそういうことですから。
もちろん、過去のことだからでは許されない明らかな不法行為もあるいでしょうが。。。それでも、過去の責任を追及し、犯人捜しをして誰かを責めることより、その過去から学んで二度のそのような事を繰り返さないようにすることの方が、やはり、人類の進化に繋がるように思います。
ですから、新政権に移行し、これまでの政権交代のない官僚政治の中で隠されていたウミがどこまで出せるかはとても重要です。
犯人捜しと、自分の身を守るための隠蔽の攻防にならないことを祈ります。期限を切って、この期間にこれまで隠されていた情報を出したら、個人の責任を追及しないというような形で、情報を出させることも不可欠でしょう。
どうも新政権もそのようなことを当然考えているようです。まさに、それが政権交代ということなのですから。
とにかく隠されている情報を表に出すことが重要なのです。
間違った情報をもとにした施策の実施は、下がどうなっているか分からない地面の上に建物を建てていくようなものです。
報道に携わる人にも、まず何より、今現在、目の前にいる人が発しているものを自分の感性で受け止めてほしいと思います。
どうも、マスコミもその本来の目的を見失って、政界、官界以上に、権力的になり、自らウミを出して変わることができなくなっているように感じます。
これを機会にマスコミにも、記者クラブ方式で官制情報をそのまま伝えることだけに終始し、権力側におもねって真実を伝えてこなかったことを真摯に反省してほしいと願います。
それができなかったら、マスコミの世界はまもなく終焉を迎えることになるでしょう。もう現に、インタ ーネット上で、マスコミ発表とまったく違う情報がたくさん飛び交っていのですから。
そして、私たち国民も、自らが選んだ政権を、斜に構えてお手並み拝見とばかりにあら探しをするのはいい加減にやめなくちゃ!
自分たちの代表を、これもダメ、あれもダメと言っているうちに、とんでもない勢力が親切そうに近づいてきて、いつの間にか身動きできない状況にさせられるということになりかねませんから・・・ね。これまでは、そうであったように。。。。
「自分の言葉で自分の思いを伝えること」の偉大さを改めてひしと感じました。
それに比べてマスコミ人のステレオタイプの質問の陳腐さが際だちました。もちろん閣僚の皆さんは丁寧に答えていましたけど(笑)。
こらから、マスコミによる鳩山総理を始めとする閣僚の過去の発言や行動を引っ張り出してのステレオタイプの批判が始まるのかと思うとちょっとウンザリです。もう、やめようよと思ってしまいます。
過去より今、そして未来が大事なのです。
人は時々の成長具合と、周りの環境からの影響によって行動します。ですから、過去を振り返ると、「あ~あれはまずかったな」ということは誰にもあるはずです。進歩するというのはそういうことですから。
もちろん、過去のことだからでは許されない明らかな不法行為もあるいでしょうが。。。それでも、過去の責任を追及し、犯人捜しをして誰かを責めることより、その過去から学んで二度のそのような事を繰り返さないようにすることの方が、やはり、人類の進化に繋がるように思います。
ですから、新政権に移行し、これまでの政権交代のない官僚政治の中で隠されていたウミがどこまで出せるかはとても重要です。
犯人捜しと、自分の身を守るための隠蔽の攻防にならないことを祈ります。期限を切って、この期間にこれまで隠されていた情報を出したら、個人の責任を追及しないというような形で、情報を出させることも不可欠でしょう。
どうも新政権もそのようなことを当然考えているようです。まさに、それが政権交代ということなのですから。
とにかく隠されている情報を表に出すことが重要なのです。
間違った情報をもとにした施策の実施は、下がどうなっているか分からない地面の上に建物を建てていくようなものです。
報道に携わる人にも、まず何より、今現在、目の前にいる人が発しているものを自分の感性で受け止めてほしいと思います。
どうも、マスコミもその本来の目的を見失って、政界、官界以上に、権力的になり、自らウミを出して変わることができなくなっているように感じます。
これを機会にマスコミにも、記者クラブ方式で官制情報をそのまま伝えることだけに終始し、権力側におもねって真実を伝えてこなかったことを真摯に反省してほしいと願います。
それができなかったら、マスコミの世界はまもなく終焉を迎えることになるでしょう。もう現に、インタ ーネット上で、マスコミ発表とまったく違う情報がたくさん飛び交っていのですから。
そして、私たち国民も、自らが選んだ政権を、斜に構えてお手並み拝見とばかりにあら探しをするのはいい加減にやめなくちゃ!
自分たちの代表を、これもダメ、あれもダメと言っているうちに、とんでもない勢力が親切そうに近づいてきて、いつの間にか身動きできない状況にさせられるということになりかねませんから・・・ね。これまでは、そうであったように。。。。





